神我の祈り 自我の祈り ・・・7


私がこの世を去る時に、後から私以上のものが現れるかもしれないということですよ。



宗教は一代限りです。

子供や娘に受け継ぐと言うことはできません。

「私は知花に何年もついてきたから、私は知花の弟子だと言わないでくださいよ」

私に似た思想を持っているものは、50何億と言う人間の中に1人もいません。

知花の教えは一代限りです。誰かに受け継ぐと言うわけにはいきません。

だから、仏教も一代限りで、釈迦の時は後からは誤謬化されましたし、キリスト教もイエスの時は正しかったけど、そのあとからは間違って教えられています。

あとからは目茶苦茶です。

だから、枝葉を作らないように・・・

今生で皆さん目覚めましょう。よろしくお願いします。ありがとうございました。
posted by ◯∞ at 23:15| Comment(0) | 神我の祈り 自我の祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神我の祈り 自我の祈り ・・・6

まず、皆さん方は本来の吾に目覚めることが一番大切かと想いますね。

だからいつも自分は普遍にして無限と言う意識状態になってください。

初めから普遍なんです。今も普遍なんです。未来永劫に普遍なんです。

そういう意識状態。

これを大発見。大発明なんです。

これ以上の発明は世の中に存在しません。これはもう世界中のノーベル賞持ってきても間に合わない。

この世のノーベル賞朽ち果てるんでしょ。

これは朽ち果てない永遠の富と言うんです。久遠の富と言うんです。

永遠に消え失せることはないんです。

この世の肩書や紙切れはなくなりますけれども、これは絶対になくなりません。

永遠、常在です。


あなた方は現実を見て、真実を見逃していたということですよ。

この世の、形の世界を現実と言います。

見える物を追いまくってたら、消極を追いまくっていることになりますよ。

自分の影を掴もう掴もうと追いまくってるようなものなんですよ。

あなたはまず真実を掴む。ね、

いつになったらそれを理解し、『あー、そうかー』というその時、本物のあなたと言うのが誕生してくるわけですね。

それを、楽しみにいつも知花は皆さんをこうして刺激してるわけですね。

これは、私がそれを食っちゃって体験しているから、こんなもんですよーと言うわけです。

だから力が籠っているわけです。体験者は語るですから。

ね、

あなた方はまだまだこの影・幻を我として生きているよと、はっきり言えるんですね。

本当にあなた方はこういうお話を聴けるのは、まれなんですよ。

私もびっくりしましたのは、何千年に一回しか聞けないお話なんです。

意味解りますかな?

その機会を逃がすと、いつになったらあなた方はこれを掴むことができるかと。

今の機会を逃がしたらね。再び次あなたが生まれてくる時に、これを教える人に巡り合うかと言う保証はどこにもないんです。

そうすると、また同じ盲目の人生を歩んで、現にあなたがこれを掴むまでは、何転生でも生まれて来ると言うことですよ。

だから死ぬものは再び生まれるというわけです。

だから本来の吾を悟らぬものは、必ずこの世に生まれて来ると言うわけです。

自我から神我に目覚めない限り。

じゃ今生で、目覚めましょうか。掴みましょうか、本質を。当たり前のことですよね。

これを人生の目的ですからね。

あなたのこの世の目的は結婚しに来たの? 子供を作りに生まれて来たの?

あなたの神我に目覚めんが為の目的でしょ。

ね、

あなた方はこの世に生まれる時は、今生こういう話を聴くということは、あなたの魂は知っておったんですよ。

知っておったにもかかわらず、真剣みがないですね。

今生、必ず神我を得て帰ると意気込んで来たんですけれど、まだまだ生半可なんですね。

本当の実感みを帯びてないということが悲しいかな、なんですねー。

私自身はそれを知っていますから、今生これを教えられる時期が来ると言うことを見計らって、幽界と言う世界からこの肉の3次元に生まれて来るには来たけれども、その意気込みさえも忘れてる人がおるわけです。

とうとうここを裏切って出て行ったものもいるわけですね。

ここから出て行ったものが、これを得ると想いますか。

考えてみて下さいよ。

ここから、立ち去ったものが今生神我に到達する人が一人だっていると想いますか。

もう落伍したようなものなんです。去ったものは。

こんなに毎日刺激してでさえも、難しいわけですですから。

ここから離れて、自我意識で生きてる人間にどうして神我に到達できるかと言うことですよ。

それはもう絶対に無理ですよ。不可能と言うことが言えるわけですね。

本当にもっともっとね、心を尽くし魂をつくし精神をつくし、汝の主なる神を愛せよと、

うんと追求せねばならない、もともっと真剣に真剣を重ねてならねばならないと。

posted by ◯∞ at 23:04| Comment(0) | 神我の祈り 自我の祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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