2013年03月11日

A-38 天照大神とは何にか 1997.7.28 

天照大神とは何にか より

この神が解らなければ、何もわからない。
すべてが天照大神の子孫と言われていますが、なぜそうなのか?と
天照大神とはすなわち光ですね。あるいは、不動明王と。

我々が見ている世界は、影の世界です。

はじめに光があるわけです。愛と言って愛光です。
陰の世界を地と言います。愛の世界を天と言います。
これは永遠に消えない光ですから、不動明王となります。

後光が射しているというのは、愛の光に満たされている時、みなさんから後光が射すのです。
その大愛を大霊と言います。
本当に、我々が愛に満たされたとき、全細胞から光が放射されます。

今朝も部屋で明想していますと、全世界が光に満たされたわけです。
この人間が愛を認めた時、光に満たされるわけです。
その時、肉体の七つの霊的中枢から、光が放射されます。
クジャクの羽のように、七色の翼が見えるんですね。

それは全世界を照らす光ですね。
物理的にチャクラを開発できますか?外からチクチクやっても。
自分の霊的花を開花するためには、自分でやるしかないんですね。

それ以上の重要な問題はないんですよ。
学問も、地位もそんなものはこの世の糧であって、そう重要ではない。それに振り回されてはなりませんね。

肉体ではなくて、その背後にある光を見るべきじゃないですか?
その無限の広がりを、もうやがて皆さん体験します。

「全ての人類に神が示される時が来たんです。ほっておくと、誰も神に目覚めませんから、この知花という形を使わされたんですね。」
内なる天・内なる光から遣わされたんですね。

この光を宗教では七つの天使、七つのチャクラと言い、日本では七副神と言います。

智慧光といって智慧は光なんですね。直観・叡智と言って、光に満たされると、智慧に満たされる。

光明思念とは、大愛を光を見つめることなんですね。

愛そのものが太陽神なんですね。これを霊太陽と言ってますけど、我々の本質なんですね。

今朝、我々の泊まってるホテルが黄金色に包まれていたんですね。壁も何も、ピカピカに輝いて。
無言の奉仕と言って、みなさんも光りを奉仕できるようにならねばならない。

七つの光をMIXすると、白色になります。白光と言って、無色透明で本来は色はありません。反射する培地によって、色が反映しているだけなんですね。・・・・

白色同胞団と言って、みなさんが七つの光に満たされたとき、白衣を付ける。そのオーラそのものが王冠なんです。我々の体から光が出ることを、白衣を付けるといいます。本当の王冠は自らが載せねばならない。その頭上から出る光が、王冠なんです。

知識的に知っても、はっきり体験してる人は少ないんです。日本でも何名居るかいないか・・・それは言いにくいんですが、みなさんもその何名かの一人になってほしい。

天皇家でも大嘗祭というのがありますが、それは明想のことで大愛との一体感のことなんですね。ある瞑想の場があって、そこに入られて、天照大神との一体感。そうして国を治める叡智を得る。

闇を見ていて、光を受け継いだものは一人もいないんですよ。光を得るには、光を見つめるしかない。
今この世の闇と言うのは、何を必要としていますか? 光を奉仕するには、光を放射するしかない。

この世の形の世界の教育を、闇の教育・影の教育と言います。形の世界の教育は、全て陰の教育じゃないですか? 本当の教育とは、光の教育である。

洗礼とは、洗霊と書いて、光のシャワーを浴びることだとわかった。悩みは闇ですから、光を浴びた時、一切の悩みや病は消えるんですよ。そして完全となるんですよ。洗礼とは自分でやるんだと気づいた。

その時、きれいな雷が私の中に飛び込んできて、至福感と言うか法悦感を感じた。その日から、何を見てもピカピカですよ。なんだ光しかないじゃないの、と思ったら、「そうだー」という大きな声が聴こえたんです。そして、体が溶けるような音楽を聴いた。あの天楽を聴いて以来、この世の音楽は「ガッチャン、ガッチャン」ですよ。・・・


posted by ◯∞ at 11:38| 知花氏の講話より | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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