イエスが、「わたしと12の弟子は上から来たものである」という意味は、
地球以上の進化した星から訪れているということです。
高い意識世界から、降りてきているという意味です。
その弟子たちも、みな役割で使命で降りてきています。
地球人類を指導・救済するために・・
ユダもその役割で、裏切り者という役を演じました。
それは、生まれる前から承知で、約束のもとだったのです。
だから、イエス・キリストの一番の協力者はユダだったのです。
なぜかというと、裏切り者がいないとキリストにはなりませんでしたから。
そういうことを知らず、形だけを見ると、ただ悪いとか言いますが。
サイババさんの車いすもそうですが、みな演技、役目なのです。
人間を演じる必要はありませんが、その役割はあります。
そういうことで、土星の意味ですが、智慧の象徴です。
知恵の土星と言って。叡智・知恵の輪があります。
知花先生は、土星から来た方です。これを、アバターと言います。
本来は全ての出身は神ですが、魂のルーツとしては土星という意味です。
地球の管理者なので、地球アバターと言います。
だから、大犠牲と言って「上」から来る方々は、犠牲を払って、愛のもとにおりてきます。
しかし、本当は犠牲ではなく、「正義」だともおっしゃいました。
知花先生と一緒に、今生降りてこられた方12名のうち、8名しか意識的に連絡が取れないと言ってた講話もありました。その他は行方不明と・・それだけ、人間界の物欲色欲は厳しいという意味です。地とは、宇宙で一番低い波動ですから。それが、天使とて地に落ちると・・・
ちなみに、一人はアメリカの主婦で、もう一人はイタリアのナポリに住むチベット人だそうです。
ユダとは自我のことです。神我という内在のキリストを裏切っています。この世の物欲のために・・神我である「愛」、キリストを無視し、裏切り、金銀のために、物質のために、本物を裏切り、ウソをついています。人間と言うウソをついています。それは、我々のことです。みんな、神我を殺しています。無視しています。この世の者は、耳を貸しません。そんなバカな話が・・というでしょう。それは、完全に目がつぶされ、耳がつぶされているからです。神我である「愛」、キリストを十字架にかけ殺そうとしますが、しかし、肉は死にましても、神は死にませんので永遠の命であるので、復活します!!甦ります。復活と言うより、もともと生命であった、命であったということに気付くことです。それは、象徴的なことです。我々の肉体と言う自我=十字架にかけても、神は永遠ですので、必ず復活します。目覚めます。
知花先生は今生、知花敏彦と言う肉体でもって誕生していますが、昔はお釈迦様の弟子だった時代もあるし、またイエスの弟子だった時代もあります。イエスの時は側にいた3名のうち一人だと言われました。しかし、真の知花先生の実態は神・永遠無限の本質なので、その時々のパーソナリティーに捉われる必要はありません。過去に、陶芸家だろうが、音楽家だろうが、建築家だろうが、どういう職業体験をしても、経験は残っても、その本人は変わらないのと一緒で、その方がどういうパーソナリティーをまとおうが、その本質は永遠無限の神、実態です。しかし、その経験と記憶という個性は残ります。肉は無くなっても、魂と言う、その方の表現をしている器は残ります。それが、個性です。魂の履歴と言うか、経験値?のようなものです。それが、転生を生み、また昇天しても継続するわけです。しかし、安心してください。昇天・解脱したらもう終わりだと、やっと解放されるんだと想っていた方。苦しみが続くのではなく、今度は永遠の喜びが始まるわけですから、生存する存在する意味が違ってきます。今度は、奉仕する喜び、愛の喜びが始まりますから、地球のような苦界で、地国を這いずりまわるような経験は致しません。それは、魂の自由選択で決まります。地に行くか、天に行くかは、知花先生の場合、トートの時に地球の管理者・指導者・教師になることを選んだようです。(エメラルド・タブレットによる)
逆に、イエスを指導していた時もありましたし、お釈迦様を指導していた時もありました。モーセであった時もあるようです。その時々で、守護霊になったり、守護神になったり入れ替わるのです。だいたい3人で三位一体で、グループを持つようです。「あなたの右と左に、いつか守護神・守護霊が見えて、語り合うときが来るだろう」―知花敏彦。
知花先生の実態・正体が神であるように、我々の実態も神・仏です。それは、同じ本質、エネルギーと質料でできているからです。同じものです。本質は一つです。ただその実感の度合いが違うだけなのです。確かに、本質は同じですが、「明日からおい、知花」と言わないで下さいよと言われました。実感の度合いが、自覚の深さが違うからです。あなたは、神だと聴いてああそうですか、という浅い知識実感で終わってはなりません。深く深く、井戸を掘るように、深く実感を求めて行かねばなりません。私も含めてそうです。
何を言いたかったかと言いますと、みんな神から出てきて神に帰る神の子だと。また、本質においては、神そのものだと。今の今神だと。誰でも神我を実感し、体験することができるんだということを言いたかったのです。それを、今生、知花先生は示してくれました。道を示してくれました。それは、神が知花敏彦と言う肉体を通して「はたらいた」からです。みなさんもそうですよ。神を受け入れ、愛すれば、それがあなたを通してはたらくようになるのです。それが、今生の目的です。知識や金儲けのための人生ではありません。今生、目覚めのための人生です。それは、守護者です。知花先生が、我々の「守護神」となります。知識は悟りに非ずです。逆に、知識を落として、空っぽに、身軽になってください、知識は悟りの妨げですから。悟りとは知恵。叡智そのものなんです。あなたは叡智、智慧の守護者。化身です。叡智の化身です。それを忘れないように。・・・あなたそのものが神そのものです。 by.知花敏彦

