2013年10月20日

神我の祈り 自我の祈り ・・・2

形はあなたじゃないんだから、あなたは永遠に死なないということです。

真のあなたは永遠に、不死不滅であると。

皆さんは永遠に死なないのに死の恐怖感を持ち、色々の悲しみや苦しみを持っています。

あなた方の悩み苦しみは、この本源本質に生きないでこの陰に生きるから、そこから悩み苦しみを作りだすわけです。

じゃあ、この本源本質の世界に他人と言うのがおりますか。

形の世界にのみ他人がおるのであって・・・

この知花の生命と、あなたの生命とは違う生命ですか?

同じ生命しかないんですね。

だから、本源本質の世界には他人と言うのはいないんです。自他一体・全一体です。

一つのものの現われですから、一つの生命が様々な形の中に宿ってるわけですから、

生命の次元には他人と言うのはないんです。

他人と言うのがないから争いがないんです。これを『極楽』と言うんです。

自我の世界にのみ、妬みあい、怒りあい、そしり合い、があるのであって、神我の世界には大愛が在るのみです。大調和があるんですね、

あなたが誰かに分離感を持って、あの野郎は、この野郎はと言うならあなたは神我ですか、自我ですか?

自我ですよ。まったくの自我であり迷いです。

肉に生きるは死であると。消極ですから、必ずなくなることに定められているわけです。

今みなさんは何処に生きている?

美人であろうが、何であろうが全く関係ない。黒かろうが白かろうが・・・

8頭身であろうが、自分の本源本質を見失ったら何の価値もないんです。

本当の価値ある人間とは、神我に目覚めた人ですよ。

本源本質は、久遠です、常在ですよ。

その久遠なる我を忘れてしまって、この無常の小我にとりこになってる。

この石の中に存在してるエネルギーと、宇宙に遍満するエネルギーは一体・同じなんです。

実在には大きい小さい、高い低いもありません。

悟りの次元には、大きいとか小さいとかありません。
そこには即・普遍、即・無限が在るだけです。

宇宙の生命エネルギーにはどこで始まり、どこで終わるというのはありません。

質料にもどこで始まり終わるというのはありません。

「わたしを通さないでは神の国に入らずと言ったのは、この肉の私のことを言ったのではありません。」

普遍的・生命のわたしのことを言ったのです。

実感することが、そこに入るということです。



posted by ◯∞ at 20:49| Comment(0) | 神我の祈り 自我の祈り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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