*知花氏の本来の寿命は60歳だったのですが、法を説く使命が遅れたのと、まだ皆さんの完成ができていないということで、寿命を延ばし、延期して講話をされることになりました。覚者であられるので、寿命のコントロールは当たり前だったのです。
その時から、清里を引っ越して、横浜に移られました。
極端にバイブレーションが上がる時、必ずと言っていいほど、肉体とエネルギーの調整ができず、しばし、講話中止になります。2000年以降も何回か(4、5回?)ありました。そのたんびに、肉体離脱、死の体験、甦りというパターンを話されています。
事実、2000年以降の講話は力強く、迫力が増していき、何度も肉体離脱をするたびに、さらに力強くなっていきました。自覚がさらに高まっていったからです。また、現象や2次元的な話はほとんどせず、常に一言論を語りました。これは、道を求めるものには、はっきりして力強いものです。逆に本質過ぎて、ついていけないという声も聞きました。同時に、科学面やエネルギー問題の研究も進んでいきました。
特徴的なものとしては、2005年ごろから酸素やエネルギー、電気の話が多く出てきて、また科学的な話題もよく出ました。日常生活での、酸素の取り入れ方や生かし方など、現実面、健康面での指導とバックアップもしてくれました。神理を日常に生かす、現実の生活に顕していくということを、強く言われました。
沖縄での講話・勉強会が毎月になったのも、このころからです。
最終的に2007年の3月までは、肉体をもっての講話活動をされましたが、「伝えるべきことは、全て伝えた。やるべきことは、全てなし終えた」ということで、しばしの調整期間をおいて、2009年4月に肉体を放棄されました。
「皆さんは、まだこの見える肉体を自分と言っているのじゃないですか。あなたは、無限大のエネルギーと無限大の質料なのですよ。正しく見ることから始めなさい」というメッセージを残して、みなさんの帰りを天・上で待っていますと。いうことで肉体の幕を閉じられました。
しかし、です。知花敏彦という肉体は無くなりましても、霊は生命は永遠なのですから、なくなりません。それは、無限大の命として、生命として皆さんの中にも外にも全宇宙に遍満しています。
そこに知花先生がおります。覚者であられるので、無限の世界に生きていますが、どこまでもパーソナリティーは続くからです。
「皆さんの実態は、何ですか?」 「大霊です」
みなさんとわたしの違いは、多く外を意識するか、多く内を意識するかだけの違いなのです。
皆さんは、多く外を見ているし、わたしは常に多く内なる大霊を観ている、内観しているだけの違いなのです。
「わたしが、常にそこにあなたと共に、息をし呼吸しているのを、知らないのですか」
「私が、どこか遠くに、はるかかなたに居るというたわごとに耳を貸してはならない。わたしは、常にあなたと共におる。」
「わたしがあなたと共におることを忘れたのですか?」
「あなたはわたしです、わたしはあなたです。」
「あなたのものはわたしのもの、わたしのものはあなたのもの」
「なぜ?生命の世界に分離はない!一つしかないからです」
―知花敏彦愛講話より
❀知花敏彦 横浜ビデオ勉強会
横浜でも始まりました!

