沖縄時代から、そのまま何名かは清里へ移住したようです。日本の中心地へそ、山梨県の清里で神理を説き始めました。また、呼ばれるところへはどこへでも飛んでいき、東京だけでなく全国各地、北は北海道から南は九州・沖縄まで、はたまたボリビア、アメリカまで飛んでいきました。
最初は、先生のご自宅で数名が集まり、先生を囲んで語り合う処から始まったようです。神理が説かれる場所になった、ペンションの最初の準備は、助安さんという方が段取りをしてくれました。初期の1988年から、1993年ごろまでは、かなりハイレベルな神理から、わかりやすい具体的なところまで、微に入り細を穿つような講話が多いような気がします。
・たま出版の本、一例
清里時代1994年ぐらいから本の出版が多くされ、このころから全国的に著名度が上がり、また道を求めるものが多く清里を訪れたと思います。清里の朝晩の講話だけではなく、出張して地方での講話も増えました。1日に4回〜5回ということもあったそうです。
この時は、知花先生ご自身も何回も言われていることなんですが、「私知花が日本で法を説くのが、10年遅れました。物欲に迷い遅れた分を取り戻すために、全国を惜しみなく駆け巡っています」と言われているように、普通では考えられないスケジュールで動いていたようです。
毎年、12月末にはクリスマス研修会というのがあり、全国から多い時で800名ぐらいが清里に集まりました。また各地でも、何泊何日というセミナーが頻繁に開かれました。ジョイント講演会と言うのもよくあり、各界の著名人と交代で講話などもよくしました。
この時は、集まった方々の意識を読み取りながら講話をしているので、本当にいろいろなタイプの話が出てきます。微生物。農業。科学。エネルギー、原子電子。酸素、水。命。生命。霊と水。釈迦。キリストなど。
様々な著名人や財界人・経済界の方から、一般の普通の方、または家庭の主婦、そして子供や赤ちゃんまで老若男女を問わず、神理は全ての人のもの、全ての親であり、神である。という教えに共鳴し共感する人は多く、その名は言わずと知れず多くの方に知れわたっています。
*この当時の、日本の意識界・精神的なものを考えると、ちょうどバブルがはじけた後ですが、まだまだものに片寄る面と、少しずつバランスを取ろうという動きが出てきたところに想います。船井さんや、精神世界のリーダーと言うようなものが多くあらわれ、spiritualブームや精神世界の火付け役となりました。しかし、初期の頃はなかなか理解がされず、そういうことにかかわる方は相当な苦労をされたと思います。
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