それをサタンの誘惑と言うんです。
あなた方のサタンの誘惑と言うのは、目の誘惑、耳の誘惑ですよ。
今まで散々この誘惑に負けて来たんじゃないですか。
五感的眼、耳に捉われてはなりませんよ。
支配されてはなりませんよ。
あなたがこの肉の目で見てるのは皆、影だ映しだと解れば、この肉の目で見てるものから影響受けることはない。
耳から聴くものが雑音だと解れば、耳の影響受けない。
聴いて聞かず、見て見ずです。
そういうことができるようになると、あなたに苦しみありますか?
あなたを今まで散々苦しめてきたのは誰なの? 肉の目であり口であり耳だと想う。
それに頼って生きたがゆえに苦しんだんですよ。そうでしょ。
まだ頼って生きるの?このサタンに・・・
この五感と言うサタンを克服せねばなりませんよ。
肉の目が今まで散々苦しめましたね、色々の悪いもの見せたり、死を信じ込ませたり、色々の暗示をかけたのは何なの?
肉の目であり耳であり口であり鼻ですよ。
これを五感の感化と。「サタンよ退け」という意味は、五感よ退け!という意味なんです。
解りますか?
あなたをこの世に長い間閉じ込めていたのは、この五感というサタンじゃないですか?
その背後には直観と言うのがあるんですよ。
第六感じゃないですよ。
世の中には五感の背後には六感とうのがあると言いますが、とんでもない!
直観があるんですよ。
直観と言うのは、直接・神我から来るもの。即ち天啓です。
インスピレーションです。霊耳・霊眼です。
あなたは常に心で観て聴かなくちゃならないんです。
肉の目で見て、肉の耳で聞く限りまだまだサタンに支配されてるということです。
悩み苦しまなければならないんです。
だからこの知花は、悪い状態を見ても見て見ぬふりですよ。
本物だと想っていませんから。そこから悩み苦しみを拾うと想う?
この五感の肉の目で見てる世界から。肉の耳で聞いてそこから苦しみを拾うと想う?
あなた方はこの耳で外部から拾うから苦しむんですよ。肉の目で見て外部から拾うから苦しむんですよ。
見て見ず、聞いて聞かず、言って言わず。
その五感をのさばらさない。サタンの誘惑に負けない。
今、完全に私たちは五感のサタンという誘惑に負けてきたわけですね。
だから何を見ても、これは本物の世界ですか、偽りの世界ですか?
偽りだと解れば、あなたはそこから影響を受けることはないだろうと。
だから、この世の影響受けない処に留め置かれたというのは、五感の目や耳や口、感化の支配を受けないときのみです。
その時、私たちの心は安らぐわけです。平安となるわけです。
あなたが、五感の感化の影響を受けてる時、あなたの心は一時だって休まることはありません。
ね
楽しいかなと一時思うと、すぐ曇ってしまって、・・・
いろいろとごちゃごちゃになりますね、頭の中は・・・
それをさせたのは、五感の目であり耳であり口です。
はっきり言いたいことは、『吾は姿形に属するものにあらず、吾は遍満する生命であり質料であると。』
言うことの自覚を持ちなさいと。
常に言うたらよかろうと。常に想ったらよかろうと。
これが本当の意味での明想であり、祈りです。
だから、神の臨在感が、神我の臨在感が、本当の祈りなわけです。
だから、『吾は五感の拡声を使っては語るけれども、吾は霊より語ると。』
神我から語る言葉は、『神の言葉』となるわけですね。

